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ACHIEVEMENTS研究成果

ACHIEVEMENTS

研究成果

プレスリリース

2025.11.10

微細藻類による金ナノ粒子の「環境にやさしい創製法」 ―機能性バイオマテリアル合成を、よりグリーンに―

【研究成果のポイント】

  • 微細藻類の天然分子の力で、光で発熱する金ナノ粒子を環境負荷なく合成する方法を開発
  • 有害薬品による多段階の処理を避け、一段階で安定な粒子の作製が可能に
  • 得られた金ナノ粒子は、光照射で熱を放出し活性酸素種を発生してがん細胞を死滅させるため、ナノ医療材料への応用も期待

概要

図1. 新規微細藻類およびシアノバクテリアの抽出液を利用した、機能性金ナノ粒子のグリーン合成法の開発

大阪大学大学院理学研究科博士後期課程のリハム・サミール・ハミダさん、同蛋白質研究所蛋白質物理生物学研究室の鈴木団准教授らと、同ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)の原田慶恵特任教授(常勤)、京都工芸繊維大学の外間進悟助教、シンガポール国立大学(シンガポール)のJames Chen Yong Kah准教授による国際共同研究グループは、微細藻類の抽出液を用いたグリーン合成法により、高品質な金ナノ粒子を合成する方法を開発しました。

金ナノ粒子とは、直径が数10ナノメートル※1ほどの極めて小さな金の粒子です。光を吸収して熱に変える性質(光熱変換)を持ち、がんの光熱治療などへの応用が期待されてきました。しかし、従来の化学合成法では粒子の凝集や不安定化が避けられず、それを防ぐために有害化学物質を必要とするなど、生体適合性や環境への悪影響が課題でした。

本研究では、高温に強い新種の微細藻類と、食品用途でも知られるシアノバクテリア(スピルリナ)の抽出液を還元・安定化剤として用いることで、有害物質を使わずに安定した金ナノ粒子を一段階で合成する条件を見出しました。

得られたバイオ由来の金ナノ粒子は、藻類中のタンパク質・多糖・脂肪酸などが自己組織化的に粒子表面に吸着することで凝集しにくくなり、高い光熱変換安定性を示しました。そのため正常細胞(Vero細胞)への毒性は低く、生体適合性の高いナノ材料であることが確認されました。さらに、光照射によって熱を放出し活性酸素種を発生して、がん細胞(HeLa細胞)に細胞死を誘導することが明らかになりました。

この手法は、金属ナノ粒子を有害化学薬品を使用せずに、生物由来の素材で持続可能に大量合成できる新しいプロセスとして、医療分野のみならず、触媒、バイオセンシング、光機能材料など幅広い分野への展開が期待されます。

本研究成果は、米国化学会(American Chemical Society)が発行する雑誌で、化学分野における持続可能性を扱う「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」に、11月7日(金)22時(日本時間)に公開されます。また、掲載誌のFront Coverを飾ります。

  • 【鈴木団准教授のコメント】
  • 私たちは、「生き物が環境の温度変化や生命活動によって放出する熱を、細胞レベルでどのように感じ、応答しているのか」を理解することを目指しています。そのための観察・操作技術の開発も重要な柱です。本プロジェクトはその技術開発の一端として、留学生のリハムさんの研究テーマから始まり、彼女が中心となって異分野融合型の国際共同研究へと発展しました。ぜひ掲載誌の表紙にある、彼女作成の美しいイラストもご覧下さい。

研究の背景

金ナノ粒子(AuNPs)は、「局在表面プラズモン共鳴(LSPR)」により光を吸収して熱を放出(光熱変換)する性質をもち、がんの光熱治療やドラッグデリバリー、バイオセンシングなど幅広い医療応用が期待されています。しかし、従来の化学合成法では、粒子の凝集や安定性の低下が避けられず、長期的な分散性を保つためには有害な化学薬品や多段階の処理が必要とされていました。こうした薬品や副生成物は、環境負荷や生体毒性の懸念を伴い、医療・産業応用の妨げとなっていました。そのため、環境にやさしく、かつ安定性と機能性を両立した金ナノ粒子を合成する新たな方法の開発が求められていました。特に、自然由来の生体分子を利用した「グリーン合成」は注目を集めていましたが、粒径や機能の再現性、長期安定性の確保が課題として残っていました。

研究の内容

研究グループは、高温耐性をもつ新規の緑藻 Coelastrella thermophila と、食品用途でも知られるシアノバクテリア Arthrospira sp.(スピルリナ)に着目しました(図1)。これらの藻類の抽出液には、還元作用をもつタンパク質・多糖・脂肪酸などの天然分子が豊富に含まれています。これらを還元剤兼安定化剤として利用することで、有害な化学薬品を使わず、一段階で金ナノ粒子を合成できることを見出し、さらにその条件の最適化に成功しました(図2)。

図2. 微細藻類の抽出液が、最適化された条件下で塩化金酸(HAuCl4)を①還元し、②核の形成、③成長、そして④安定化の段階を経て、安定な金ナノ粒子を形成する。

得られたバイオ由来の金ナノ粒子は、粒径が数10ナノメートルで、粒子表面に藻類由来の分子が自然に自己組織化的に吸着していました(図3A)。その結果、溶液中でも48時間以上安定に分散したまま凝集せず、高い光熱安定性を維持することが確認されました。 そして従来手法の化学合成から得られた金ナノ粒子に比べると、天然分子による表面修飾が細胞との相互作用を緩和するために、正常細胞(Vero細胞)に対する毒性が低く、生体適合性に優れていることが明らかになりました(図3B)。 さらに、研究グループは緑色レーザー光(532 nm)を照射して光熱効果を検証しました。その結果、バイオ由来の金ナノ粒子は光エネルギーを効率よく熱に変換し、また活性酸素種(ROS)も発生させることでがん細胞(HeLa細胞)を死滅させました(図4)。

図3. 金ナノ粒子の特性評価。(A)金ナノ粒子を透過型電子顕微鏡(TEM)、紫外可視分光法(UV–Vis)、およびフーリエ変換赤外分光法(FTIR)で解析。(B)生物由来の金ナノ粒子(Bio@AuNPs)は、化学的に合成された金ナノ粒子(Chem@AuNPs)よりも高い細胞生存率を示した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により有害な薬品を使わずに金ナノ粒子を一段階で合成できる、環境にやさしく持続可能なプロセスが確立されました。この方法は、これまで課題であったナノ粒子の安定性・生体適合性・機能性の両立を実現しており、今後、粒径や形状を制御することで、光熱治療やドラッグデリバリー、バイオセンシングなどの次世代ナノ医療技術の基盤となる可能性があります。また、化学薬品を用いない生物由来のナノ材料合成は、環境負荷を大幅に低減できる新しい製造技術として、医療分野だけでなく、触媒や電子デバイス、光学材料などの産業応用にも波及効果が期待されます。

図4. 光熱効果:金ナノ粒子(AuNPs)はレーザー光を吸収して熱に変換し、さらに活性酸素種を発生させて、がん細胞(HeLa細胞)の細胞死を誘導した。

特記事項

本研究成果は、2025年11月7日(金)22時(日本時間)に米国化学会(American Chemical Society)が発行する雑誌で、化学分野における持続可能性を扱う「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」(オンライン)に掲載されます。また、掲載号のFront Coverに取り上げられます。

タイトル:“Microalgae-Mediated Synthesis of Functionalized Gold Nanoparticles with High Photothermal Stability”

著者名:Reham Samir Hamida, Shingo Sotoma, James Chen Yong Kah, Yoshie Harada, and Madoka Suzuki

DOI:https://doi.org/10.1021/acssuschemeng.5c07786

なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業および二国間交流事業、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)、科学技術振興機構CREST、公益財団法人 武田科学振興財団などの支援により得られたものです。

用語説明

※1 数10ナノメートル
1ナノメートル=髪の毛の太さのおよそ10万分の1。したがって、「数10ナノメートル」は髪の毛の約2千〜3千分の1の太さに相当。

参考URL

鈴木団准教授 研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ca5ca6ff0ffeeff2.html

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