ACHIEVEMENTS
ACHIEVEMENTS研究成果
ACHIEVEMENTS
プレスリリース
2025.03.27
加藤祐基(大阪大学 理学部 学部3回生)︰筆頭著者 嶋崎幸穂(大阪大学 大学院理学研究科 修士1回生) 中馬俊祐(大阪大学 蛋白質研究所 日本学術振興会特別研究員(PD)) 白矢昂汰(京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 修士1回生) 中根有梨奈(広島大学 大学院統合生命科学研究科 修士1回生) 杉拓磨(広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授) 岡部弘基(東京大学 大学院薬学系研究科 特任准教授) 原田慶恵(大阪大学 蛋白質研究所 教授) 外間進悟(京都工芸繊維大学 分子化学系 助教)
京都工芸繊維大学・外間進悟助教、大阪大学・原田慶恵教授、東京大学・岡部弘基特任准教授、広島大学・杉拓磨准教授らの共同研究チームは、カーボン量子ドット(CQD)を用いた新しい蛍光ナノ温度計を開発しました。CQDは従来型の量子ドットと同様に量子サイズ効果に由来する蛍光を発する性質があります。一方で、CQDの構成成分は主に炭素であり、従来型量子ドット(QD)のように重金属(カドミウムなど)を含まないため、細胞に対する毒性が低く、バイオセンサとしての利用が期待されています。しかし、CQDの蛍光特性・温度応答性を精密に制御することが難しく、これまでに生化学反応に伴う温度変化の計測には成功していませんでした。本研究では、アントラキノンを骨格とする新規CQDを合成し、青〜緑色で発光し、蛍光強度・蛍光寿命・比率型の温度計として機能するCQDの開発に成功しました。蛍光寿命型の温度計は、pHなどの環境変化に耐性があり、細胞内でも温度計として機能することがわかりました。実際に、ミトコンドリアの膜電位を脱分極させることによって引き起こされる細胞内の温度上昇を計測することに成功しました。さらに、蛍光強度と蛍光寿命の異なる手法で相互検証することによる、信頼性の高い細胞温度計測法を確立しました。この技術により、細胞内部の微小な温度変化を計測することが可能になり、細胞活動と温度の関係をより正確に分析できるようになりました。
本研究成果は「Nano Letters」に2025年3月26日14時00分(日本時間)に掲載されました。
研究の背景
細胞内の温度は、生命現象に深く関わっています。例えば、がん細胞の増殖や神経細胞のシグナル伝達は温度変化と密接に関連していることが知られています。私達のこれまでの研究からも、「細胞内の熱伝導率が従来考えられていた水とは著しく異なること(参考文献1)」や「細胞内局所における自発的な発熱が、神経細胞が分化する際の突起伸長の駆動力として働くこと(参考文献2)」を明らかにしています。これまでに、低分子、ポリマー、タンパク質、量子ドット、蛍光性ナノダイヤモンドなど様々な温度計が開発されてきました。一方で、これらの温度計にはそれぞれ一長一短があり、その用途や研究室の設備によって利用する温度計が限られていました。そこで本研究では、
①合成が容易である
②細胞への毒性が低い
③膜透過性が高く細胞導入が容易である
④蛍光波長の調整が可能であり、また、蛍光強度・蛍光寿命・比率など温度計測モードの調整も可能であることから研究への導入が容易である
⑤異なる測定モードで相互検証することにより信頼性の高い温度計測が可能である
これらの性質をすべて満たす新しい細胞温度計の開発を目的に研究を行いました。
研究内容
本研究では、カーボン量子ドット(CQD)を用いた新しい蛍光ナノ温度計を開発しました。構造の異なるアントラキノン誘導体とシステインから簡便な水熱法によって、発光波長の異なる3つのCQDを合成しました(図1)。図1では性質の良い3つを記載していますが、論文内では全部で11種類のアントラキノン誘導体の蛍光特性を評価しています。
図1.CQDの合成とその蛍光特性。
3つのCQDの温度特性を評価したところ、ユニークな性質が見えてきました(図2)。CQD-1は蛍光強度増強型、CQD-3とCQD-2はそれぞれ波長が異なる強度減少型として機能しました。更にCQD-1は比率型、CQD-2は寿命型の温度計としても機能することが明らかとなりました。この中で、CQD-2が示す蛍光寿命測定による温度計測は、細胞内の環境(塩・pH・タンパク質など)を受けにくく、1℃程度の温度変化を計測する高精度な測定が可能であることを示しました。またこれらのCQDは細胞膜を透過し、容易に細胞内に移行すること、細胞に対する毒性が低いことを明らかにしました。
図2. CQD-1, CQD-2, CQD-3の温度応答性。
CQD-2を用いて細胞の温度計測を行いました(図3)。実験では、まずCQD-2を取り込んだ細胞の培地の温度を変化させることによって、細胞内であってもCQD-2が温度計として機能することを示しました。次に、ミトコンドリア脱分極剤による細胞内の温度変動を計測可能か検証しました。CCCP(Carbonyl cyanide m-chlorophenyl hydrazone)はミトコンドリアの内膜を隔てた膜電位を脱分極することが知られています。実験では、この脱分極に伴う細胞の温度上昇を1細胞レベルで計測可能かを検証しました。その結果、CCCP処理による明確な蛍光寿命の減少、すなわち温度上昇(1~2℃程度)が確認されました。この温度上昇は、CQD-2の蛍光強度変化からも同様に確認することができました。生命現象に伴う温度変化を蛍光寿命と蛍光強度という2つの異なる計測モードで相互検証することが可能であり、より正確な細胞内の温度計測が可能であることを示しました。本研究成果はCQDが細胞温度計として優れた性質を持つことを示すと同時に、細胞がどのように熱を発生させるのかを理解する上で非常に重要な成果です。
図3.CQD-2による細胞の温度計測。CCCPによるミトコンドリア刺激時の細胞内温度変化を計測した。
今後の展開
CQDを用いた細胞温度計測によって、細胞の分化に細胞内の温度がどのように関わっているのかを明らかにする研究を進めていきたいと考えております。特に、CQDは線虫のような個体内部であってもその蛍光を明瞭に計測できることが分かっており、多階層で温度と生命現象の関わりを明らかにできる可能性があります。本研究によって開発した技術は、細胞内温度を指標とした新たな生命現象の理解を深めることや、細胞機能の解明や再生医療、創薬といった幅広い分野への応用が期待されます。
雑誌名:Nano Letters
論文タイトル: Fluorescent Thermometers Based on Carbon Quantum Dots with Various Detection Modes for Intracellular Temperature Measurement
著者:Yuki S. Kato, Yukiho Shimazaki, Shunsuke Chuma, Kota Shiraya, Yurina Nakane, Takuma Sugi, Kohki Okabe, Yoshie Harada*, Shingo Sotoma*
*:責任著者
DOI番号: 10.1021/acs.nanolett.4c06642
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c06642
注1)カーボン量子ドット(CQD): ナノメートルサイズ(約1〜10 nm)の炭素系ナノ粒子で、優れた蛍光特性を持つ。生体適合性が高く、バイオイメージングやバイオセンシングに適している。
注2)蛍光寿命: 蛍光物質が発光を続ける時間。本研究ではこの時間の温度依存性を利用して細胞内の温度を計測している。CQDの濃度や細胞内の塩・pH、励起光強度の影響を受けにくいという性質がある。
本研究は、日本学術振興会科研費(課題番号:19K16089, 21K15053, 22H02583, 23H03845, 24H00577, 24H02306)、日本学術振興会学術変革領域研究B (JP23H03845)、 公益財団法人豊田理研スカラー制度、公益財団法人住友財団基礎科学研究助成(2300179)、 文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS0120330644)、科学技術振興機構創発的研究支援事業 (JPMJFR214R)、科学技術振興機構CREST(JPMJCR24B6)の支援により実施されました。
原田 慶恵 教授
蛋白質ナノ科学研究室:http://www.protein.osaka-u.ac.jp/nanobiology/
私たちは、一つ一つの細胞内の温度変化に着目し、それが細胞の機能や、臓器から個体といった、より高次の生命現象に与える意義の解明を目指しています。そのために、細胞用の温度計の開発と、様々な蛍光イメージング技術を組み合わせた、細胞の温度変化を測定する“細胞内温度イメージング法”を開発してきました。しかし、これまでの細胞用の温度計には一長一短があり、その用途や得られる情報に制約がありました。今回我々はこれまでの細胞用の温度計の弱点を克服したカーボン量子ドット(CQD)を用いた新しい蛍光ナノ温度計を開発しました。今後は開発したCQDを用いた細胞温度計測によって、細胞機能に温度がどのように関わっているかについての解析を進めていきます。私たちの研究に興味を持って学部1年生の時から研究室で実験を行ってきた加藤祐基さんが筆頭著者の研究成果です。