ACHIEVEMENTS
ACHIEVEMENTS研究成果
ACHIEVEMENTS
プレスリリース
2025.12.02
大阪大学蛋白質研究所の関口清俊寄附研究部門教授と谿口征雅寄附研究部門准教授の研究グループは、初期胚の多能性幹細胞が足場としているラミニン511 の活性をフィブリンゲルに組み込むことで、幹細胞を効率よく増殖させることができる新しい三次元培養基材の開発に世界で初めて成功しました。
現在、オルガノイド※1 と呼ばれるミニ臓器の作製には、マトリゲル※2 と呼ばれるネズミ腫瘍組織由来の抽出物が三次元培養基材として広く使われています。しかし、この方法で作製したオルガノイドは医療応用には適さないという問題があり、マトリゲルを代替する新たな三次元培養基材の開発が世界中で進められています。研究グループは、すでに外科用接着剤や創傷治療剤として臨床で使用されているフィブリンゲル※3 に着目し、フィブリンの自己会合ドメインとラミニン511※4 の細胞接着ドメインを連結したキメラタンパク質を作製することで、幹細胞に強い親和性を示すラミニン511の活性を組み込んだフィブリンゲルを作製することに成功しました。このゲルを使うことで、ヒトiPS 細胞を三次元環境下で効率よく増殖させることが可能となりました(図1)。本成果は、マトリゲルを代替しうる、化学組成が明確で医療応用が容易な三次元培養基材の実現に道を拓くものであり、幹細胞を利用した医療用オルガノイド作製への展開が期待されます。
本研究成果は、米国マトリックス生物学会誌「Matrix Biology」の速報電子版として、2025 年10 月9 日(木)に公開されました。
これまでの細胞培養は、培養皿などに細胞を接着させて増殖させる二次元培養が主流でした。しかし近年、再生医療や創薬研究の分野では、臓器の機能を模倣した“オルガノイド(ミニ臓器)”を利用する研究が急速に進展しており、細胞を三次元環境下で培養するためのゲル状基材の開発が喫緊の課題となっています。
従来、オルガノイドは“マトリゲル”と総称される基底膜様ゲルを用いて作製されてきました。しかし、マトリゲルはネズミ腫瘍組織の抽出物であり、異種動物由来成分の混入が避けられず、化学組成にもばらつきがあるため、医療用の細胞やオルガノイドの製造には適していません。
このような背景のもと、本研究では、マトリゲルを代替し、医療応用が可能な新しい三次元培養基材の開発を目指しました。その基材として着目したのがフィブリンゲルです。フィブリンは血液が凝固する際、前駆体のフィブリノゲンが部分的に切断されて生じるタンパク質で、速やかに自己会合して網目状のゲルを形成します。フィブリンゲルは外科手術時の止血促進剤や創傷治療剤としてすでに臨床で使用されている、安全性と実績を兼ね備えた生体材料です。
しかしながら、フィブリン自体は幹細胞に対する接着活性が低く、そのままでは幹細胞の培養基材として使うことができません。一方で、iPS細胞などの多能性幹細胞はラミニンと呼ばれる細胞外基質タンパク質に対して高い親和性を示すことが知られています。
研究グループは、これまでにラミニン511という分子の細胞接着活性を担う部分のみを取り出した組換えタンパク質を作製し、これがヒトiPS細胞等の多能性幹細胞の培養基材として極めて有効であることを報告してきました。
本研究では、このラミニン511の強い接着活性をフィブリンゲルに組み込むことで、幹細胞に高い親和性を持ち、かつ医療応用が可能な三次元培養基材の創製を目指しました。
研究グループは、フィブリンゲルに幹細胞接着活性を付与するため、フィブリンの自己会合ドメインとラミニン511の細胞接着ドメインを連結したキメラタンパク質を作製しました。その設計のヒントとなったのは、両者の立体構造の類似性です。
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図2 キメラタンパク質Chimera-511の構造
フィブリンとラミニン511は、どちらもα鎖-β鎖-γ鎖が互いにコイル状の会合したタンパク質で、三本鎖が会合した部位の立体構造はほぼ同じです。研究グループはこの立体構造の類似性に着目し、三本鎖がコイル状に会合する領域でフィブリン(正確には前駆体のフィブリノゲン)のN末端領域とラミニン511のC末端領域を連結することで、両者の機能を兼ね備えたキメラタンパク質(Chimera-511)を作製することに成功しました(図2)。
このChimera-511は、フィブリノゲン由来の自己会合ドメインを介してフィブリンゲルに組み込まれる一方、ラミニン511由来の細胞接着ドメインで細胞表面の接着受容体と結合し、細胞をフィブリンゲルに安定して接着させることができます。実際に、このキメラタンパク質を組み込んだフィブリンゲル内でヒトiPS細胞を培養したところ、細胞は多能性を維持しながら、長期間安定に増殖することが確認されました(図1)。
このChimera-511を組み込んだフィブリンゲルは、化学組成が明確で再現性が高く、動物由来成分を含まないことから、医療応用に適しています。このゲルを用いて医療用オルガノイドの製造が可能かどうか、今後の検討が必要ですが、本成果はマトリゲルに代わる医療応用可能な三次元培養基材の実現に向けた大きな一歩といえます。
これまで、幹細胞を三次元環境で培養するための基材としては、マトリゲルが事実上唯一の選択肢でしたが、マトリゲルは化学組成が不明確で、動物由来成分を含むことから医療応用には不向きでした。
本研究で開発されたChimera-511を組み込んだフィブリンゲルは、こうした課題を根本から解決する新しい選択肢を提供します。このゲルは、《化学的に定義された成分から構成され(chemically defined)》、《動物由来成分を含まない(xeno-free)》ため、再現性と安全性の両面で優れています。さらに、幹細胞(特に多能性幹細胞)に対しては、マトリゲルよりも強い接着親和性を示します。
ラミニンの強い細胞接着活性を保持した三次元ゲルはこれまで例がなく、今回の成果は、幹細胞用三次元培養基材の開発における新たなブレークスルーといえます。今後、このChimera-511を組み込んだフィブリンゲルを基盤として、マトリゲルに含まれるラミニン以外の成分を取り入れるなどの最適化を進めることで、再生医療用三次元培養基材としての有用性がさらに高まることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月9日(木)に米国科学誌「Matrix Biology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Laminin-511-functionalized fibrin gel enables in-gel proliferation of human induced pluripotent stem cells”
著者名:Yukimasa Taniguchi, Mamoru Takizawa, Ayaka Hada, Ayano Ishimaru and Kiyotoshi Sekiguchi
DOI:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0945053X25001039?via%3Dihub
なお、本研究は、学術変革領域(A) マルチモーダルECM(研究代表者:藤原裕展チームディレクター)の支援を受けて行われた。
※1 オルガノイド
幹細胞の自己組織化能を利用して生体外でつくられた「ミニ臓器」の総称。胚発生のモデル系として有用であるだけでなく、病態研究、創薬スクリーニング、再生医療でも利用が進んでいる。オルガノイドの作製ではマトリゲルが三次元培養基材として使われている。
※2 マトリゲル
Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)と呼ばれるマウス肉腫組織の抽出物。主成分はラミニン-111、IV型コラーゲン、プロテオグリカンなどの基底膜タンパク質。オルガノイドの培養や細胞移植などで汎用されるゲル素材である。
※3 フィブリンゲル
出血時の止血反応において、前駆体のフィブリノゲンから生じたフィブリンが網目状に重合して形成されるゲル状物質。傷口を塞ぐ天然の「生体接着剤」として働く。高い生体適合性をもち、手術用接着剤や創傷治癒材として臨床で広く利用されている。
※4 ラミニン511
幹細胞の足場となっている基底膜の主要な細胞接着性タンパク質。ラミニンはα鎖-β鎖-γ鎖から構成された十字架様の構造を持つタンパク質で、ヒトでは少なくとも12種類のアイソフォームが存在する。ラミニン511(α5-β1-γ1)は多能性幹細胞に対して強力な細胞接着活性を有しており、その活性部位の組換えタンパク質(ラミニン511E8断片)は多能性幹細胞の培養基材として国内外で使われている。
関口清俊寄附研究部門教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/da29bf9f03dbeb91.html