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研究成果

プレスリリース

2026.03.24

細菌の建築学:べん毛の非対称な「鞘」が操るレプトスピラの 形と動きのメカニズムの解明

発表のポイント

  • ◆多くの細菌では、細胞の形を決める仕組みと運動の仕組みは別々ですが、らせん細菌(スピロヘータ)であるレプトスピラは、細胞内に存在するべん毛がその両方を担うという特異な性質を持っています。
  • ◆本研究では、レプトスピラのべん毛が非対称に配置された鞘構造によって、適切な「湾曲」と「剛性」を獲得し、細胞形状の形成と力強いコルク抜きのような回転運動を両立させる仕組みを明らかにしました。
  • ◆病原性にも深く関わる「形」と「動き」を同時に制御する新たな分子機構の解明は、細菌運動の理解に新しい視点を与えるとともに、将来的な感染症制御技術の開発につながる成果と期待されます。

非対称な「鞘」がレプトスピラのべん毛を湾曲させ、菌体を動かす

概要

細菌の運動器官であるべん毛(注1)は、その構造と機能が菌種ごとに大きく異なります。国立健康危機管理研究機構(JIHS:ジース)国立感染症研究所 細菌第一部 小泉信夫 主任研究員らは、大阪大学 蛋白質研究所 川本晃大 准教授(国立研究開発法人 科学技術振興機構 さきがけ研究員兼任)、国立大学法人東北大学大学院工学研究科 中村修一 准教授らと、レプトスピラ症病原体であるスピロヘータ・レプトスピラがもつ特殊な「ペリプラズムべん毛」に着目し、被覆(鞘さや)タンパク質群(注2)が協調してべん毛の形状と力学特性を制御する仕組みを解明しました。

遺伝子欠損株の解析とクライオ電子顕微鏡(注3)による高分解能構造解析から、べん毛の湾曲と剛性が異なる鞘タンパク質の役割分担と非対称配置によって生み出されることが分かりました。さらに、コアタンパク質FlaB1の特異的な糖鎖修飾が鞘タンパク質との結合を仲介し、べん毛の組立と機能に重要であることを示しました。本研究は、スピロヘータ特有の運動様式の分子基盤を明らかにするとともに、細菌べん毛の多様な進化戦略の理解や、レプトスピラの運動を標的とした新たな予防・治療戦略に知見を提供します。

 

発表内容

レプトスピラ症は、スピロヘータの一種であるレプトスピラ属細菌によって引き起こされる人獣共通感染症(注4)であり、世界的に公衆衛生上の重要な課題となっています。世界では毎年およそ100万人が感染し、約6万人が死亡していると推定されています。レプトスピラは水や土壌中でも長期間生存でき、宿主動物からヒトへと感染するため、その感染成立や病原性を支える分子機構の理解は、疾患対策の基盤として重要です。

レプトスピラの高い感染力と病原性には、特徴的な運動様式が深く関与していると考えられています。レプトスピラは、一般的な細菌とは異なり、細胞の内側(ペリプラズム空間)(注5)に存在する「ペリプラズムべん毛」を用いて、細胞全体を歪ませるように運動します。しかし、この特殊なべん毛がどのような分子構造によって湾曲し、十分な力を発揮できるのか、その詳細な仕組みはこれまで十分に解明されていませんでした。

本研究では、レプトスピラのペリプラズムべん毛を構成する鞘タンパク質群に着目し、それぞれの役割と協調機構を明らかにすることを目的としました。遺伝子欠損株の作製と運動解析に加え、クライオ電子顕微鏡を用いた高分解能構造解析を行うことで、べん毛の形状と力学特性を分子レベルで解析しました。

その結果、ペリプラズムべん毛はコア構造を非対称に覆う鞘タンパク質群によって湾曲し、湾曲形成を担うタンパク質FcpAと、剛性を付与するタンパク質FcpBが役割分担することで、効率的な運動が実現されていることが明らかになりました。また、これら鞘タンパク質の非対称な配置には、別のタンパク質FlaA2が重要な役割を果たすことを示しました。さらに、べん毛コアタンパク質FlaB1の特異的な糖鎖修飾が、鞘タンパク質との相互作用を仲介し、べん毛の組立と機能に不可欠であることを見出しました。

本研究により、スピロヘータ特有の運動様式を支える分子基盤が明らかとなり、細菌べん毛の構造と機能の多様性に対する理解が深まりました。これらの知見は、レプトスピラの感染機構の理解に貢献するだけでなく、将来的には運動能を標的とした新たな予防・治療戦略の基盤情報となることが期待されます。

 

発表者・研究者等情報

国立大学法人大阪大学
蛋白質研究所 蛋白質結晶学研究室
川本 晃大 准教授

国立大学法人東北大学
大学院工学研究科 応用物理学専攻 応用材料物理学講座(生物物理工学分野)
中村 修一 准教授

国立健康危機管理研究機構
国立感染症研究所 細菌第一部
小泉 信夫 主任研究員

 

論文情報

雑誌名:The EMBO Journal
題 名:Asymmetric sheath coordination controls flagellar architecture and function in Leptospira spirochete
著者名:Akihiro Kawamoto*, Toshiki Kuribayashi, Masatomo Morita, Shuichi Nakamura*, Nobuo Koizumi*
*:責任著者
DOI: 10.1038/s44318-026-00731-1

 

注意事項(解禁情報)

日本時間3月17日19時(英国時間:17日午前10時)以前の公表は禁じられています。

 

研究助成・謝辞

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業21H02727、22K07062、24K02274および、科学技術振興機構(JST)さきがけ(PRESTO)JPMJPR21E5の支援を受けて実施されました。
本論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。

 

用語解説

注1 べん毛 多くの細菌がもつ運動器官。回転することで推進力を生み、液体中や宿主内での移動を可能にする。菌種によって構造や配置が大きく異なる。レプトスピラのべん毛は、中心のコア構造と、それを覆う鞘構造からなる。

注2 鞘さやタンパク質 英語のsheath proteinに対応する用語で、べん毛のコア構造を覆う役割をもつタンパク質。

注3 クライオ電子顕微鏡 試料を急速凍結した状態で観察する電子顕微鏡法。生体分子や細胞構造を、結晶化せずに高分解能で解析できる。

注4 人獣共通感染症 動物とヒトの間で相互に感染が成立する感染症。レプトスピラ症では、ネズミやイノシシなどの野生動物が保有宿主となり、保有動物の尿で汚染された水や土壌との接触を介して、皮膚や粘膜からヒトへ感染する。

注5 ペリプラズム空間 グラム陰性細菌において、外膜と内膜(細胞質膜)の間に存在する空間。酵素や構造タンパク質が存在し、物質輸送や運動に重要な役割を担う。

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