ACHIEVEMENTS
ACHIEVEMENTS研究成果
ACHIEVEMENTS
プレスリリース
2026.07.22
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の谷 洋介 特任准教授らの研究グループ(研究開始当時:大阪大学大学院理学研究科)は、京都大学大学院工学研究科の和田 圭介 博士、生越 友樹 教授、神戸大学ライフ光学イノベーション研究センターの立川 貴士 教授、大阪大学蛋白質研究所の栗栖 源嗣 教授らとの共同研究で、特定の気体に応答して固体から液体がしみ出す「固-液相分離」を起こし、色や発光機能を劇的に変化させる、新しい分子材料を開発しました。
複数の成分から成る材料は、その組み合わせを変えるだけでさまざまな機能を発揮し得るため魅力的です。一方、各成分の混ざり具合も機能に大きく影響しますが、それらが混ざるか、分離するかを外部刺激によって制御するのは容易ではありませんでした。
今回、研究グループは、液体の分子の一部分を環状分子で包みこむという分子レベルの相互作用を利用した超分子化学注4)的アプローチで、固-液相分離や物質の光機能といった目に見える変化を制御することに成功しました。この変化は特定の気体にさらすことで可逆的に繰り返し起こせます。本成果は、多成分材料の新しい設計指針として重要であり、刺激応答材料やセンサーの開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年7月21日(日本時間)付で英国王立化学会の『Chemical Science』に掲載されました。
2種類以上の固体や液体を混ぜ合わせたとき、それらが分子レベルで混ざっているかどうかは、混合物の性質や機能に大きく影響します。そのため、この均一性や相分離を理解し制御することは、材料科学や超分子化学、生化学などさまざまな分野において重要なトピックです。特に、各成分の混合(均一化)と分離を制御できれば、材料の機能を顕著に変化させることができると期待されます。しかし、これまで多成分固体の相分離を外部刺激によって制御することは、難しい課題でした。
今回、研究チームは分子液体の構造と性質に注目しました。分子液体の多くは、機能を発揮する部分骨格を液体化する(融点を下げる)ために、長いアルキル鎖注6)をもっています。アルキル鎖はさまざまな折れ曲がり方ができるという立体構造の自由度をもち、これが液体化に重要だと考えられています。そこで、アルキル鎖を環状分子で包接すれば、その自由度が低下して固体化するのではないかと着想しました。
本研究ではこれを実証するため、谷特任准教授らのチームが開発したアルキル鎖をもつ分子液体(DMOS-BrTn)と、生越教授らのチームが開発したアルキル鎖を取り込む性質をもつ環状分子(ピラー[5]アレーン, P5A)を組み合わせ、ホスト-ゲスト錯体注4)を合成しました(図1)。その結果、外部刺激で相状態と光物性を同時に制御できることを明らかにしました。

図1.本研究で用いた分子の構造とホスト-ゲスト錯体ができる概念図、および各分子材料に室内光と紫外光を当てたときの写真。
これら2成分は混合すると直ちにホスト-ゲスト錯体を形成し、液体が固体へと変化するとともに、色が黄色から赤色へと大きく変化しました。また、液体のDMOS-BrTnは黄色い室温りん光を示しますが、赤色の固体は発光しませんでした。栗栖教授らのチームがMicroED注7)によって結晶構造解析した結果、アルキル鎖が予想通りP5Aに包接され擬ロタキサン注8)構造をとっていることが明らかになりました(図2)。さらに、分子間に電荷移動相互作用注9)が生じていたことから、これが光物性変化の要因だと分かりました。

図2.錯体の結晶構造。(左)青で示したアルキル鎖が環状分子を貫通した「擬ロタキサン構造」をしている。(右)結晶中では、電子不足な部分(中央)と電子豊富な部分(上下)が至近距離に位置していた。
この固体をヘキサンのような直鎖アルカン注6)の蒸気にさらすと、赤色が消失し、黄色い室温りん光が再び発現しました(図3)。立川教授らのチームは、この変化を顕微鏡観察によりリアルタイムで可視化し、液体がしみ出す様子を観察することに成功しました。詳細な検討の結果、アルカン分子がP5Aに包接された新しいホスト-ゲスト錯体が生じ、これによって分子液体が押し出されて相分離したことが分かりました。また、この応答は直鎖アルカンに対して選択的であり、加熱により元の状態へ可逆的に戻ることも確認されました。

図3.ホスト-ゲスト錯体の蒸気応答の模式図。赤い色が退色し、黄色い室温りん光が確認できる。顕微鏡で観察した拡大画像(中央上下)ではより明確であり、液体がしみ出している様子も分かる。
本研究は、分子レベルのホスト–ゲスト相互作用を利用して、マクロな相分離を外部刺激で制御できることを示した点で重要です。この成果は、ガス応答型センサーや記録・表示材料への応用が期待されるほか、さらなる刺激応答材料の設計指針としても波及効果が期待されます。
本研究は、JSPS科研費(JP25K01753, JP23K23427, JP23H03955, JP22H02159)の支援のもとで行われたものです。
注1)相分離:
水と油のように、それぞれの物質がそれぞれの相(領域)に分かれること。固体と液体が分離する場合を特に固-液相分離と呼ぶ。例えば、水に食塩を混ぜると溶けて均一化し、これが自発的に分離することはないし、逆に水と油が自然に均一になることもない。このように、ある温度と圧力で均一になるか相分離するかは、基本的に成分の組み合わせで決まる。
注2)りん光:
発光の一種。高エネルギー状態の分子が、電子スピン(自転のようなもの)の向きを変えながら発する光をりん光と呼ぶ。発光が長く続く・酸素センサーとしてはたらく・有機ELの理論効率が高いなど、優れた特徴をもつ。しかし、有機分子のりん光は珍しく、ほとんどは極低温でしか見られない。そのため、室温でも目視できるりん光を特に室温りん光と呼ぶ。
注3)分子液体:
特に室温付近で固体ではなく液体として存在する分子。分子が溶媒に溶けた溶液と区別するため、単に液体と呼ばず分子液体あるいは無溶媒液体と呼ぶことがある。液体は自由な形態をとることができるため、特に発光性や導電性などの機能をもつ分子液体は、フレキシブルディスプレイやウェアラブルデバイスなどへの応用が期待されている。
注4)包接・超分子化学・ホスト-ゲスト錯体:
共有結合ではなく、分子どうしの弱い相互作用によって形成される分子の集合体を研究する学問分野を超分子化学と呼ぶ。その一分野であるホスト-ゲスト化学では、ある分子(ホスト)が別の分子(ゲスト)を選択的に包み込む(取り込む)現象を扱う。また、この現象を包接、それにより形成される複合体を包接錯体またはホスト-ゲスト錯体と呼ぶ。
注5)刺激応答材料:
光、熱、ガス、化学物質などの外部からの刺激(きっかけ)に応じて、色や構造、機能が変化する材料の総称。センサーや記録材料など、さまざまな応用が期待されている。
注6)アルキル鎖・アルカン:
炭素と水素だけからできた鎖状の分子(飽和炭化水素)をアルカンと呼ぶ。石油の主な成分。アルキル鎖とは、分子の一部分としてアルカンが結合している場合の部分構造を指す。他の分子(あるいは部分構造)との相互作用が弱いため、分子の融点を下げるのに有利である一方、分子間相互作用による識別の難しい構造として知られる。
注7)MicroED(マイクロイーディー):
電子回折を用いて、結晶の立体構造を原子レベルで決定する手法。これまで一般的だったX線を使った解析が難しいような、サイズの非常に小さな結晶を得意とする。3DED法ともいう。
注8)ロタキサン:
環状分子(輪)に、鎖状の分子(軸)が通り抜けたかたちをもつ超分子。特に、軸の両端に大きな部分構造(ストッパー)を付けて輪が抜け落ちないように固定された構造を「ロタキサン」と呼び、ストッパーがなく輪が軸から外れることができるものを「擬ロタキサン」と呼んで区別する。
注9)電荷移動相互作用:
電子を放出しやすい分子と電子を受け取りやすい分子が近づいたときに、電子の一部が一方から他方へ移動することで生じる分子間の結びつき。物質の色や発光、導電性などさまざまな性質に強く影響することがある。
雑誌名: Chemical Science
論文タイトル: Vapor-induced miscibility switching and optical response in a functional molecular liquid-pillar[5]arene system
著者: Yosuke Tani,*† Keisuke Wada,† Yuya Oshima, Takanori Nakane, Akihiro Kawamoto, Genji Kurisu,* Takashi Tachikawa,* Shunsuke Ohtani, Kenichi Kato, Tomoki Ogoshi* (谷洋介*†,和田圭介†,大島祐也,中根崇智,川本晃大,栗栖源嗣*,立川貴士*,大谷俊介,加藤研一,生越友樹*) †は共同第一著者、*は責任著者
DOI: 10.1039/d6sc03713e